嘘について

先日嘘についてTwitterに書いた。
私は嘘全てが悪いことだとは思わない。
 嘘をつかなくいけない場面もたくさんある。
でも、もちろんついちゃいけない嘘もあると思う。 
また、嘘をついた後どうするかも重要なのではないだろうか。

 嘘は許せる。
私だって嘘をつく。 無意識のうちに嘘をついてる場合だってある。
嘘は悪いことじゃない。 
でも、誰かの気持ちを踏み躙る嘘は違う。 それは「裏切り」って言うんだ。

 裏切りも一度までなら許せる。

苦しいしつらいし悲しいけれど、きっと事情があるのだろうと涙を飲み込んで、騙されたふりをしてあげることもできる。

でも、二度目は許せない。

また、嘘や隠し事を指摘された後の行動もとても重要だと私は思う。


一度指摘されたり疑問に思われそれを否定したのにも拘わらず、それも嘘だったら?

その時受けるショックは並大抵のものではないだろう。

だからもし指摘されたとしたら、一生嘘を突き通し真実に変えるか、大人しく白状するかの二択だと思っている。


ただ、嘘をつき続けるというのはかなりの労力である。罪悪感が襲ってくることもあるかもしれない。楽になりたくて言ってしまいたくなることもあるかもしれない。


それでも隠すと決めたなら、それを貫かなければならない。最初は軽い気持ちでついた嘘だったとしても、指摘され、それでも嘘を貫くと決めたのであれば覚悟を決めなければ。

それが、嘘をつく者の義務だと私は思う。


誰かを傷つけないための、守るための優しい嘘もあると思う。

それは、もし気づいてもそっと見ないフリをしている。

優しさに対してこちらも「気づいていない」という嘘をつくのだ。

そんな嘘はもしバレたとしても、騙されたという気はしないのではないだろうか。


何でも馬鹿正直に言ってしまうというのも考えものである。

よく物事を言い換えるときに「オブラートに包む」というが、あれも一種の嘘だ。お世辞だって嘘だし、この世は嘘に溢れている。全てが嘘ではないが、全てが本音でもない。

嘘と本音のバランスで良い関係を成り立たせている。


全てが嘘でも、または全てが本音でも、なかなか上手くはいかないのではないだろうか。


まとめ

嘘は必要だけど、取り扱い注意。